子育てにおける「褒める」「叱る」の科学:エビデンスに基づく効果的な実践法
子育てにおける「褒める」「叱る」の効果に関する科学的視点
子育てにおいて、子どもをどのように褒め、どのように叱るかは、多くの保護者が直面する普遍的な課題です。子どもの成長や行動を導くためのこれらの行為は、そのやり方によって子どもの自己肯定感、学習意欲、社会性、感情調整能力など、多岐にわたる発達に影響を与えることが知られています。しかし、世の中には様々な情報が溢れており、「褒めて伸ばす」「時には厳しく叱るべき」「感情的に叱ってはいけない」といった様々な考え方が混在しています。こうした状況は、保護者に迷いを生じさせることがあります。
本記事では、こうした子育てにおける「褒める」「叱る」という行為について、科学的根拠に基づいた知見を提供し、そのメカニズムとより効果的なアプローチについて考察します。心理学、脳科学、行動科学といった分野の研究結果を参照し、単なる経験談や通説ではない、信頼性の高い情報をもとに、子育てにおける方向性を示すことを目的とします。
褒めることの科学的理解
子どもを褒めることは、好ましい行動を強化し、自己肯定感を育むための一般的な手段とされています。しかし、どのような褒め方が効果的なのかは、その「質」に依存することが多くの研究で示唆されています。
プロセス褒めと結果褒め
心理学者キャロル・ドゥエック氏による一連の研究では、子どもの努力やプロセスを褒めること(プロセス褒め)が、知能や才能といった固定的な特性を褒めること(結果褒め・人物褒め)よりも、子どものモチベーションやレジリエンス(精神的な回復力)を高める効果があることが明らかになっています(Dweck, 2006)。
- 結果褒め(例: 「あなたは頭がいいね」「天才だね」): 子どもは失敗を恐れるようになり、困難な課題に挑戦することを避ける傾向が見られます。失敗が自身の固定的な能力の欠如を示すと認識するためです。
- プロセス褒め(例: 「一生懸命頑張ったね」「難しい問題に粘り強く取り組んだね」): 子どもは努力や戦略が成果につながることを学び、知的な成長は後天的な努力によって可能であるという「成長志向的考え方(Growth Mindset)」を育むことが示されています。これにより、失敗を学びの機会と捉え、困難にも積極的に取り組む意欲が高まります。
脳科学的な視点では、プロセスに対するフィードバックは、前頭前野の実行機能や学習に関連する領域の活動を促すと考えられます。一方、結果や能力に対する固定的な評価は、一時的な報酬系の活動を促す可能性はありますが、持続的な学習や挑戦に対する内発的な動機付けには繋がりにくいと考えられています。
内発的動機付けへの影響
過度な報酬や物質的な褒め方は、子どもの内発的な動機付け(行為そのものに対する興味や関心からくる動機付け)を損なう可能性があることが、自己決定理論などの研究で指摘されています(Deci & Ryan, 1985)。外的な報酬によって行動がコントロールされていると感じると、その報酬がない場合に、行動を続ける意欲が低下することがあります。
したがって、褒める際には、達成した結果だけでなく、その過程での子どもの努力、工夫、粘り強さ、学習への取り組み方に焦点を当てることが重要です。具体的にどのような行動が良かったのかを言語化することで、子どもは何をすれば再び褒められるのか、つまりどのような行動が適切なのかを具体的に理解しやすくなります。
叱ることの科学的理解
子どもを叱ることは、危険な行動を止めさせたり、社会的なルールや規範を教えたりする上で必要な場合があります。しかし、効果的な叱り方と、そうでない叱り方では、子どもの発達に与える影響が大きく異なります。
罰としての叱責と行動修正のためのフィードバック
感情的に怒鳴りつけたり、子ども自身の人格を否定したりするような叱り方(罰としての叱責)は、子どもの恐怖心や不安を煽り、親子の信頼関係を損なう可能性があります。このような叱責は、子どもにストレス反応(コルチゾールの上昇など)を引き起こし、長期的な脳の発達、特に感情調整を司る扁桃体や前頭前野に悪影響を与える可能性が指摘されています(Luby et al., 2013)。また、子どもは何が悪い行動だったのかを理解するよりも、親の感情的な反応に圧倒され、自分自身が無価値であるかのように感じてしまうことがあります。
一方で、冷静に、子どもの行った行動に焦点を当て、なぜその行動が問題なのか、そして次にどうすれば良いのかを具体的に伝える叱り方(行動修正のためのフィードバック)は、子どもが状況を理解し、より適切な行動を学習する機会を提供します。
効果的な叱り方のアプローチ
- タイミングと場所: 問題行動が起きた直後に、人目のない場所で落ち着いて話すことが望ましいです。時間が経つと、子どもは何について叱られているのかを理解しにくくなります。
- 行動に焦点を当てる: 子ども自身を非難するのではなく、「〜という行動はなぜいけないのか」を具体的に説明します。「あなたは悪い子だ」ではなく、「お友達のおもちゃを勝手に取ってしまったね。それはお友達が悲しい気持ちになるからいけないんだよ」のように、行動とその結果に焦点を当てます。
- 理由を説明する: 単に「ダメ」と言うだけでなく、なぜその行動がいけないのか、その背景にあるルールや理由を、子どもの理解力に合わせて丁寧に説明します。
- 代替行動を提示する: 問題のある行動の代わりに、どのような行動をとるべきなのかを具体的に示します。「〜しちゃダメ」だけでなく、「次に同じような状況になったら、こうしてみようね」と代替策を提案します。
- 親の感情コントロール: 叱る際に親が感情的にならないことは非常に重要です。感情的なトーンは、子どもに恐怖や混乱を与え、伝えたいメッセージが伝わりにくくなります。親が冷静に対応することで、子どもは感情の調整方法を学ぶことができます。
科学的知見に基づいた実践への方向性
褒めることと叱ること、それぞれに効果的な方法があることが科学的に示されています。これらの知見を子育てに活かすためには、以下の点を意識することが有効と考えられます。
- 質を重視する: 量よりも、褒め方・叱り方の質が重要です。子どもの努力やプロセス、具体的な行動に焦点を当て、理由を明確に伝えます。
- ポジティブな注目を増やす: 問題行動に注目するだけでなく、日常の中で子どもの良い行動や努力を見つけ、積極的にプロセス褒めを取り入れます。これは、問題行動を減らす予防的な効果も持ちます(Patterson, 1982)。
- 安全基地であること: 子どもにとって、親が無条件の愛情と肯定的な関心を持ってくれる安全基地であるという感覚は、健全な自己肯定感と挑戦する意欲の基盤となります。褒めることや叱ることは、この安全基地からのフィードバックとして機能させるべきです。
- 発達段階を考慮する: 子どもの認知能力や感情調整能力は発達段階によって異なります。特に幼児期の子どもは、複雑な理由を理解したり、自分の感情をコントロールしたりすることが難しいため、より具体的で即時的なフィードバックが必要です。学童期以降は、より論理的な説明や、自己で振り返る機会を与えることが有効になります。
- 親自身のセルフケア: 親が精神的に安定していることは、冷静かつ効果的なコミュニケーションを行う上で不可欠です。自身のストレスを管理し、感情的になりやすい状況を避ける工夫も重要です。
まとめ
子育てにおける「褒める」と「叱る」は、子どもの発達に大きな影響を与える重要な関わり方です。科学的根拠に基づくと、単に褒めたり叱ったりするだけでなく、その方法が子どもの成長に決定的な違いをもたらすことが示されています。プロセスに注目した具体的な褒め方、そして感情的にならず行動に焦点を当て理由を伝える叱り方は、子どもの内発的動機付け、自己肯定感、感情調整能力、そして親子の信頼関係を育む上でより効果的です。
これらの知見は、完璧な親になることを求めるものではありません。日々の関わりの中で、意識的にこれらのアプローチを取り入れようとすること自体に意味があります。子どもの個性を尊重し、それぞれの発達段階に合わせて柔軟に対応しながら、科学的根拠に裏付けられた関わり方を実践していくことが、子どもの健やかな成長を支援する羅針盤となるでしょう。
参考文献
- Dweck, C. S. (2006). Mindset: The New Psychology of Success. Random House.
- Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic motivation and self-determination in human behavior. Plenum Press.
- Luby, J. L., Forcht, K., Belden, A., Tillman, R., Babb, C., Nishino, T., ... & Barch, D. M. (2013). Maternal support in early childhood predicts larger hippocampal volume at school age. Proceedings of the National Academy of Sciences, 110(8), 2854-2859.
- Patterson, G. R. (1982). Coercive family process. Castalia.